子供部屋のドアが開けっぱなしである。
そこから見える空間は宇宙の塵の如く散らかっている。
あいつめ、あれほど片付けろ!と言ったのに
我が子は親の注意を無視して、すでに遊びに出掛けていた。
この無限なる宇宙的空間に一歩踏み入れる。
ふと足元を見ると、
唐草模様の洋服を着たくまのぬいぐるみは片足を背中側にくっつけて、
あお向けになって天井を見つめていた。
私はそれをそっと抱き上げた。
そしてついた埃をぱんぱんと叩いた。
「おまえは乱暴だな。丁寧に扱え。痛いではないか」
「クマちゃん、お久しぶり。ホントご苦労ね、こんなゴミ箱みたいな部屋で過ごすとは」
「そう思うなら、助けてくれればよいではないか」
「だって、本人がクマちゃんと寝ると言って連れて行くから」
「そう言って布団の上に置いてくれるのはしばらくだけだ。
寝てしまえば、布団から追い出され、蹴られ、
時には教科書の下敷きになっている」
「ふーん」
クマちゃんの管理は私ではないので、どーでもいいんだけど。
というか、唐草倶楽部解散してませんでしたっけ?
去年、旦那の療養部屋に改築するため、唐草の間を明け渡した後、
クマちゃんは高らかに唐草倶楽部解散!と宣言した。
その後納戸が自室になり、分散した唐草模様のへりのついた畳は
再び新たな唐草の間に集結し、お寒い妄想を紡ぐ部屋として再建した。
すべては畳屋さんのおかげである。
部屋に合うように畳はカットされ、うまく収まっている。
日本の建築技術バンザイ!
日本建築のいいところはリフォームがしやすい事。
これは誇るべき日本の職人技である。
「ところでかさかさ、唐草計か……、うぐ」
私はクマちゃんのみぞおちに一発かます。
「あのぉ、クマちゃん、唐草倶楽部、解散してませんでしたっけ?」
うりうりとこめかみをこじってやろうとしたら、
急に石のように固くなった。
おかげで手の節が痛いではないか。
「おまえの目は節穴だな」
グーなお手手でチッチッチと動かす。
「節穴で悪うございましたね」
クマちゃんの言おうとしていた唐草計画とは唐草模様の如く地球をつる草で覆うという、
壮大なる無駄な計画であるが、
未だに地球のどこかでこの計画は進んだり、進んでなかったりしている。
でも、この世につる草が絶滅しない限り、計画自体は地味に継続している、
と考えてもよいかと。
「おまえンちの婆が花壇の朝顔を毟り取っておったぞ。
毟り取っては、いかんだろうが。
まだ種が十分に収穫できていないのに。
おまえがちゃんと注意しないでどうするんだ」
「知らないわよ。おばあちゃんのやることまでいちいち見張ってられないよ」
「鬼嫁のくせに。婆が大事にとっておいた食品トレーをバッキバキに折って捨てたくせに」
「ぬいぐるみのくせに、よく知ってるわねえ。
第一あれはごみよ。
それにいっぱいあるのよ。
何で捨てないのか、理解できない」
「何かに役に立つと思っているのだろう」
「だからって必要以上にいる?
調理器具を外に出してまで、取っておく必要ある?
スーパーで回収されているのよ。
資源ごみとして週一で捨てていいものなのよ?
そんなもん、後生大事にする?」
「おまえ相当ストレスが溜まっているだろ」
「だからストレスが溜まらないように定期的に無断で断捨離してるのよ」
クマちゃんをつねり上げようとしら、またまた石みたいに固くなった。
「でも、クマちゃん今年はだめでも、来年があると思う」
「ほぉ、それはどうしてだ」
「おばあちゃんが本当はグリーンカーテンをやろうとしていたからよ。
今年は朝顔の芽が出るのが遅かったから、間に合わなかったけど、
あの様子では来年はきっとやる気よ。
本当は芋虫が大量発生して事件になるから嫌なんだけど、
多分のーてんきなうちのおばあちゃんのコトだから、
そこまで考えが及ばないのよ」
「ほお、それは誰かさんと一緒だな。
しかし頼りになる婆だな」
クマちゃんはやけに感心していた。
別にいいよ、花壇がどうなろうと。
だってもう私の担当ではないんだもの。
生前旦那がおばあちゃんに花壇の管理を許可したんだもの。
今更ダメとも言えないし、
ヒマで昼寝ばっかりしているとボケそうだし、
何かさせておかないと、
後々介護となってこっちに返ってくる。
「ところで、かさかさ、おまえは寂しいか?」
「何それ、どーゆーこと?」
「旦那が死んで、寂しくないのか?」
「別に」
「そっか、泣いてもいいんだぞ。わしの背中で涙をぬぐっ、、、うぐ」
「誰が泣くか。
クッソみたいに、いろんなことやらかしてくれたバカ亭主を。
なんで泣かなきゃいけないわけ?」
クマちゃんは苦しそうに呻いていたが、
そのうちすっと気配を消して、いつものぬいぐるみに戻った。
こうやって来年へ唐草倶楽部は続く。
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//張り巡らすもの、蜘蛛の巣もそうだけど、
見えないのに張り巡らしているネットワーク、
それは人脈だったり、単に電波だったり。
そして取るに足らない唐草倶楽部のしょうもないネタは意外と続いている。
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