漆黒の欠片 (さくらさくら)
- 2016/04/13
- 20:00
俺は珍しく神社にいた。いつもなら学校が終わってから友達のユキヤと遊ぶのは俺んちの駐車場だけど、今日は何か法要があってうちで遊んではダメとお母さんにきつく言われていた。
俺は宿題を速攻終わらせて神社に行った。ユキヤは俺がお寺の子なのに神社で遊んでいいの? って聞いてきたけど、御仏は神社で遊ぶくらいで仏罰を与えるほど心は狭くないんだ! って言ってやった。
ユキヤはまだ来ていない。持っていたボールを蹴って待っていると、木の下、桜の木の下に女が立っていた。おばさん? いや、うちのお母さんより若い女だからお姉さんだ。白いワンピースで頭から薄いスカーフみたいなのを巻いていて、それが長くて風になびいて、鯉のぼりみたいにまっすぐ布が泳いでいた。
ん? なんであの布はまっすぐ鯉のぼりみたいに泳いでるんだ。
だって風は吹いていない。
あのスカーフにだけ風が吹いているみたいだ。
俺はふと何かに似ていると思った。
あ! ××レンジャーみたいだ。
俺は俄然その布が気になった。そしてその女のそばに走って行った。
「なあ、そのスカーフ触らせて」
女は俺を見下ろして、
「イヤです。ヒトには触らせませんヨ」
「ケぇチ、ケチケチ。触るだけだよ」
「イヤですヨ。あたしは今忙しいのですヨ」
そう言って、桜の木のてっぺんを見上げた。ゆっくりはらりはらりと桜の花びらは散っている。ただはらりはらりと。
「あれぇ、おかしいですね。もっと花びらがどわーと降ってくるはずなのに」
俺はその女を見た。
「お姉さん、バカだね。今ちょうど満開だよ。どわーっと花びらが散る訳ないじゃん」
女は俺を不服そうに見下ろして、
「ちゃんと、できるんですヨ、どわーっと」
女は再び桜の木を見上げ、右手を高く差し出した。俺はしばらく見ていたが、桜の花びらは相変わらずはらりはらりとしか落ちてこない。女はイライラとして自分の頭をポカポカ叩き始めた。そのせいで緩やかになびいていたスカーフが上下に激しく揺れた。
途端、桜の花びらが一斉にどわーっと降ってきた。それはみるみるうちに俺や女の足元に積もって、それは一分、いや数十秒の出来事で、見上げると桜はすでに散りきっていた。女は俺を見て、
「どーです、参ったかぁですヨ」
と勝ち誇った顔で俺を見た。俺は正直驚いた。
「マジ、すっげー、ねえ、どうやってやったの? ユキヤにも見せたかったなあ」
俺はすっかり目の前で起きた不思議な出来事に興奮した。女は、
「今見た事、誰にも言っちゃダメですヨ」
こんな不思議な事を見たのに、どうして人に自慢せずにいられるもんか。
「ヤぁだね」
俺はその場から駆け出した。女は後ろから、「こらぁ、ダメですヨ!」って叫んでいる。俺は力いっぱい走って、走って、走って、振り切ったと思って立ち止まったら、女は空を飛んできたみたいで、俺の目の前にふわりと降り立った。そして女は「ダメですヨ!」と強く言ってから、
「今見たことをしゃべったら、君の……」
俺は何を言い出すか、じっと待っていると、
「君の、大事なものをとりますヨ」
「大事なもの? 何を?」
女は得意げに、
「さぁなんでしょうねぇ。教えないですヨ」
と言った。
俺はびびったけど、
「俺が誰かに話すかなんて、ずっと見張っていない限り、分かる訳ないじゃん」
と強がって言った。女は素早く、俺の着ていたシャツの裾を捲って、脇腹をこちょこちょことくすぐった。
俺はくすぐったくって、腹をよじって、やめてくれと懇願した。
「どーだ、参ったかですヨ」
女はそう言って、
「君の脇腹に見張りを付けました」
そう言ったので、俺は自分の脇腹を見た。今まで黒子一つなかったのに百円玉ほどの青い痣が出来ていた。
「何すんだよ!」
「君が誰かに言いふらさないように見張りを付けたんですヨ。言いふらしたら、その見張りがあたしに教えてくれます」
女はふふふと笑って、
「言いふらすとね、そこがぎゅうっと抓ったように痛くなるんです、ホントですヨ」
女は無邪気に笑って、
「いい子にしてるんですヨ。あたしはどこにいてもちゃんと分かるのですヨ。じゃあね、シュウセイ君」
女はそう言うと、元の桜の木の下に戻り、そばに立てかけてあった竹ぼうきで散った花びらを掻き集め、首からスカーフを解くと、そこへ掃き入れた。俺は黙ってその様子を見ていたが、スカーフに入れると花びらは溶けるように消えていった。そして花びらを全てスカーフへ入れ終わると、女はスカーフを拾い上げ、パンパンと叩いて、また頭から被って顎の下でぎゅっと縛り付けた。そして俺の方を見て、自分の脇腹をツンツン指して、再度警告をしてからゆっくり歩いてどこかへ消えていった。
「ごめん、シュウちゃん、遅くなって」
ユキヤが俺の横に来た。ユキヤはぼうっと桜の木の方を見ている俺を見て、
「桜の木がどうかしたの?」
と言った。俺はユキヤの顔を見て、さっきの出来事を話してみようか、どうしようか悩んだ。女が言った事は本当だろうか。
「なあ、ユキヤ、俺、さっきね、見ちゃったんだ……」
「シュウちゃん、何を見たの?」
「えっとね…、
桜がね……
散っ……」
俺はそこで黙った。
「どうしたの? シュウちゃん」
ユキヤが俺を心配そうに見た。俺はちょっと深呼吸して、
「さっき桜の木の下で、すっげー変な女に会った」
「すっげー変な女って? どんな風に変だったの?」
「××レンジャーみたいなスカーフをしてて、一人で××レンジャーになりきって桜の木をバシバシキックしてた。大人なのに変だ」
ユヤキは俺の話にあまり食いついてこなかった。
俺はあの日、あの桜の木の下であった事を誰にも話さなかった。
*
じっと見ていた、若干目を開けて寝ているシュウセイの寝顔を。
風音はそんな寝顔をパシャリと撮った。
きっとシュウセイはあの日の桜の木の下であった事を誰にも話していない、と思う。あの日付けた痣は別に見張りもしていない。それにシュウセイはあの日の出来事をもう忘れてしまっている。
(2478文字)
//こちらの桜はほぼ終わりました。
石川門のお堀に桜が映っていました。
その様子は水面下にも桜の咲く世界がある、そんな風に見えてる光景でした。

ー夢のあとー
俺は宿題を速攻終わらせて神社に行った。ユキヤは俺がお寺の子なのに神社で遊んでいいの? って聞いてきたけど、御仏は神社で遊ぶくらいで仏罰を与えるほど心は狭くないんだ! って言ってやった。
ユキヤはまだ来ていない。持っていたボールを蹴って待っていると、木の下、桜の木の下に女が立っていた。おばさん? いや、うちのお母さんより若い女だからお姉さんだ。白いワンピースで頭から薄いスカーフみたいなのを巻いていて、それが長くて風になびいて、鯉のぼりみたいにまっすぐ布が泳いでいた。
ん? なんであの布はまっすぐ鯉のぼりみたいに泳いでるんだ。
だって風は吹いていない。
あのスカーフにだけ風が吹いているみたいだ。
俺はふと何かに似ていると思った。
あ! ××レンジャーみたいだ。
俺は俄然その布が気になった。そしてその女のそばに走って行った。
「なあ、そのスカーフ触らせて」
女は俺を見下ろして、
「イヤです。ヒトには触らせませんヨ」
「ケぇチ、ケチケチ。触るだけだよ」
「イヤですヨ。あたしは今忙しいのですヨ」
そう言って、桜の木のてっぺんを見上げた。ゆっくりはらりはらりと桜の花びらは散っている。ただはらりはらりと。
「あれぇ、おかしいですね。もっと花びらがどわーと降ってくるはずなのに」
俺はその女を見た。
「お姉さん、バカだね。今ちょうど満開だよ。どわーっと花びらが散る訳ないじゃん」
女は俺を不服そうに見下ろして、
「ちゃんと、できるんですヨ、どわーっと」
女は再び桜の木を見上げ、右手を高く差し出した。俺はしばらく見ていたが、桜の花びらは相変わらずはらりはらりとしか落ちてこない。女はイライラとして自分の頭をポカポカ叩き始めた。そのせいで緩やかになびいていたスカーフが上下に激しく揺れた。
途端、桜の花びらが一斉にどわーっと降ってきた。それはみるみるうちに俺や女の足元に積もって、それは一分、いや数十秒の出来事で、見上げると桜はすでに散りきっていた。女は俺を見て、
「どーです、参ったかぁですヨ」
と勝ち誇った顔で俺を見た。俺は正直驚いた。
「マジ、すっげー、ねえ、どうやってやったの? ユキヤにも見せたかったなあ」
俺はすっかり目の前で起きた不思議な出来事に興奮した。女は、
「今見た事、誰にも言っちゃダメですヨ」
こんな不思議な事を見たのに、どうして人に自慢せずにいられるもんか。
「ヤぁだね」
俺はその場から駆け出した。女は後ろから、「こらぁ、ダメですヨ!」って叫んでいる。俺は力いっぱい走って、走って、走って、振り切ったと思って立ち止まったら、女は空を飛んできたみたいで、俺の目の前にふわりと降り立った。そして女は「ダメですヨ!」と強く言ってから、
「今見たことをしゃべったら、君の……」
俺は何を言い出すか、じっと待っていると、
「君の、大事なものをとりますヨ」
「大事なもの? 何を?」
女は得意げに、
「さぁなんでしょうねぇ。教えないですヨ」
と言った。
俺はびびったけど、
「俺が誰かに話すかなんて、ずっと見張っていない限り、分かる訳ないじゃん」
と強がって言った。女は素早く、俺の着ていたシャツの裾を捲って、脇腹をこちょこちょことくすぐった。
俺はくすぐったくって、腹をよじって、やめてくれと懇願した。
「どーだ、参ったかですヨ」
女はそう言って、
「君の脇腹に見張りを付けました」
そう言ったので、俺は自分の脇腹を見た。今まで黒子一つなかったのに百円玉ほどの青い痣が出来ていた。
「何すんだよ!」
「君が誰かに言いふらさないように見張りを付けたんですヨ。言いふらしたら、その見張りがあたしに教えてくれます」
女はふふふと笑って、
「言いふらすとね、そこがぎゅうっと抓ったように痛くなるんです、ホントですヨ」
女は無邪気に笑って、
「いい子にしてるんですヨ。あたしはどこにいてもちゃんと分かるのですヨ。じゃあね、シュウセイ君」
女はそう言うと、元の桜の木の下に戻り、そばに立てかけてあった竹ぼうきで散った花びらを掻き集め、首からスカーフを解くと、そこへ掃き入れた。俺は黙ってその様子を見ていたが、スカーフに入れると花びらは溶けるように消えていった。そして花びらを全てスカーフへ入れ終わると、女はスカーフを拾い上げ、パンパンと叩いて、また頭から被って顎の下でぎゅっと縛り付けた。そして俺の方を見て、自分の脇腹をツンツン指して、再度警告をしてからゆっくり歩いてどこかへ消えていった。
「ごめん、シュウちゃん、遅くなって」
ユキヤが俺の横に来た。ユキヤはぼうっと桜の木の方を見ている俺を見て、
「桜の木がどうかしたの?」
と言った。俺はユキヤの顔を見て、さっきの出来事を話してみようか、どうしようか悩んだ。女が言った事は本当だろうか。
「なあ、ユキヤ、俺、さっきね、見ちゃったんだ……」
「シュウちゃん、何を見たの?」
「えっとね…、
桜がね……
散っ……」
俺はそこで黙った。
「どうしたの? シュウちゃん」
ユキヤが俺を心配そうに見た。俺はちょっと深呼吸して、
「さっき桜の木の下で、すっげー変な女に会った」
「すっげー変な女って? どんな風に変だったの?」
「××レンジャーみたいなスカーフをしてて、一人で××レンジャーになりきって桜の木をバシバシキックしてた。大人なのに変だ」
ユヤキは俺の話にあまり食いついてこなかった。
俺はあの日、あの桜の木の下であった事を誰にも話さなかった。
*
じっと見ていた、若干目を開けて寝ているシュウセイの寝顔を。
風音はそんな寝顔をパシャリと撮った。
きっとシュウセイはあの日の桜の木の下であった事を誰にも話していない、と思う。あの日付けた痣は別に見張りもしていない。それにシュウセイはあの日の出来事をもう忘れてしまっている。
(2478文字)
//こちらの桜はほぼ終わりました。
石川門のお堀に桜が映っていました。
その様子は水面下にも桜の咲く世界がある、そんな風に見えてる光景でした。

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- テーマ:ショート・ストーリー
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ: 漆黒の夜空から