漆黒の夜空から2 (18)
- 2015/02/17
- 23:00
直也と栞は並んで中華料理店へ向かった。それは神社から歩いて五分ぐらいの所にある。黙ってしまっては気詰まりなので、直也が取り敢えず互いの名前を聞こうと思って、問いかけた「あの」と言う声は、栞の短い「きゃっ」という悲鳴にかき消された。栞のミュールがアスファルトの小さな裂け目に取られ、バランスを崩したので、直也はすかさず腕を掴んだ。栞は体勢を立て直し、「すみません」と申し訳なさそうに言った。直也は話しそびれた。昼時の日差しは容赦なく照りつける。直也は、
「日傘、差したら」
とだけ言った。栞はまた「すいません」と小さく断る、右手に持っていた日傘を差した。距離感の掴めない相手だと感じる。日傘で見えなくなった相手に無理に話掛けるのはやめた。直也は自分でも何故昼食に誘ったのだろうと思った。気楽にコンビニ飯で良かったのに。
先程掴んだ白く細い腕の感触はまだ手に残っている。壊れ物みたいな女だと思った。ふと千夏の事を思い出す。千夏はよく笑い、喧嘩もよくしたが、言いたい事を遠慮なしに言えて、でも一度は自分から離れ、他の女と付き合ってみたが、やはり千夏と居る方がずっと楽しかったし、気が楽だった。互いに気を遣わず、本音でいられると思ったのに、結局後悔する羽目になった。
そんな事をぼんやり考えているうちに店に着いた。直也が「ここです」と先に店内に入った。後から栞がついてくる。直也が隅のテーブル席に着くと、栞も直也の向かいに座った。
「食べれられないものとかある?」
栞は「いいえ」と小さく言った。
「適当に何品か頼んで、いろいろつまもう」
そう言って、直也は五品ほど注文した。店内は小綺麗とは言い難い店であるが、味は逸品である。日曜の昼なので、近所に住む親爺がビールと野菜炒めをつつきながら、スポーツ新聞に目を通している。直也は目の前の栞の雰囲気と店の風情があっていないことに気付いたが、今更どうしようもない。
「ここね、結構美味いんだ」
栞は「そうですか」とだけ答えた。それからまず先ほどから保留になっていた事を切り出した。
「あの、僕は新田直也といいます。あなたのお名前を聞いてもいいかな」
栞は小さな声で「ホンダシオリです」
と名乗った。
「ホンダシオリさんか。どんな字書くの」
「本屋さんの『本』に多いの『多』に本に挟む『栞』です」
「ふうん、もしかして本、読むの好き?」
「いや、普通だと思います」
何を持って普通なのか分からないが、趣味と言うほどでは無いのだろう。名前のネタは尽きたので、
「さっき神社から出てきたけど、お参りに行ってたの」
「いいえ、傘を返しに」
「傘?」
栞は直也に会った日に神社の巫女が傘を貸してくれた事を話した。
「へえ、すごいね」
栞は曖昧に「ええ」とだけ返す。
「あの神社、縁結びで有名なの知ってた?」
「いや、神社の巫女さんが教えてくれました」
「で、お参りした?」
栞の視線がそれた。聞いていけないことだったか。
「あ、僕は昔付き合っていた彼女とお参りに行ったら、別れたよ。あそこの神様は女の神様だから、男女で行くと嫉妬して別れてしまうとか言う話も聞くし、あまり御利益もないのかもしれない」
とやや自嘲気味に言った。
直也は千夏と前に二人で参拝したことを思い出した。
こんな事になるなら、二人でお参りに行かなければよかったと思った。
「日傘、差したら」
とだけ言った。栞はまた「すいません」と小さく断る、右手に持っていた日傘を差した。距離感の掴めない相手だと感じる。日傘で見えなくなった相手に無理に話掛けるのはやめた。直也は自分でも何故昼食に誘ったのだろうと思った。気楽にコンビニ飯で良かったのに。
先程掴んだ白く細い腕の感触はまだ手に残っている。壊れ物みたいな女だと思った。ふと千夏の事を思い出す。千夏はよく笑い、喧嘩もよくしたが、言いたい事を遠慮なしに言えて、でも一度は自分から離れ、他の女と付き合ってみたが、やはり千夏と居る方がずっと楽しかったし、気が楽だった。互いに気を遣わず、本音でいられると思ったのに、結局後悔する羽目になった。
そんな事をぼんやり考えているうちに店に着いた。直也が「ここです」と先に店内に入った。後から栞がついてくる。直也が隅のテーブル席に着くと、栞も直也の向かいに座った。
「食べれられないものとかある?」
栞は「いいえ」と小さく言った。
「適当に何品か頼んで、いろいろつまもう」
そう言って、直也は五品ほど注文した。店内は小綺麗とは言い難い店であるが、味は逸品である。日曜の昼なので、近所に住む親爺がビールと野菜炒めをつつきながら、スポーツ新聞に目を通している。直也は目の前の栞の雰囲気と店の風情があっていないことに気付いたが、今更どうしようもない。
「ここね、結構美味いんだ」
栞は「そうですか」とだけ答えた。それからまず先ほどから保留になっていた事を切り出した。
「あの、僕は新田直也といいます。あなたのお名前を聞いてもいいかな」
栞は小さな声で「ホンダシオリです」
と名乗った。
「ホンダシオリさんか。どんな字書くの」
「本屋さんの『本』に多いの『多』に本に挟む『栞』です」
「ふうん、もしかして本、読むの好き?」
「いや、普通だと思います」
何を持って普通なのか分からないが、趣味と言うほどでは無いのだろう。名前のネタは尽きたので、
「さっき神社から出てきたけど、お参りに行ってたの」
「いいえ、傘を返しに」
「傘?」
栞は直也に会った日に神社の巫女が傘を貸してくれた事を話した。
「へえ、すごいね」
栞は曖昧に「ええ」とだけ返す。
「あの神社、縁結びで有名なの知ってた?」
「いや、神社の巫女さんが教えてくれました」
「で、お参りした?」
栞の視線がそれた。聞いていけないことだったか。
「あ、僕は昔付き合っていた彼女とお参りに行ったら、別れたよ。あそこの神様は女の神様だから、男女で行くと嫉妬して別れてしまうとか言う話も聞くし、あまり御利益もないのかもしれない」
とやや自嘲気味に言った。
直也は千夏と前に二人で参拝したことを思い出した。
こんな事になるなら、二人でお参りに行かなければよかったと思った。
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