漆黒の夜空から2 (9)
- 2015/01/30
- 23:00
七月七日
七夕だが、天気はあいにく雨である。天気予報は当たったが、傘を忘れた。仕方がないので、通りの向こうのコンビニでビニル傘を買う事にした。
直也は雨の通りへ飛び出して行った。ほんの通り一本の距離で雨は急に激しくなった。通りを渡り切り、コンビニに入る頃には予想以上に濡れていた。自動ドアが開き、店内に入る。すぐ入口にビニル傘はあったが、急な雨で傘は残り一本だけになっていた。すかさずそれに直也が手を伸ばすと、その前に傘を掴んだ者がいた。ずぶ濡れの直也はむっとして、相手を睨みつけた。睨まれた方は思わず、手を引っ込めた。相手は若い女で直也よりもずっと濡れていた。一瞬にして直也は引いた。
「あ、どうぞ」
女は、いいです、いいですと手を激しく振って、譲った。
「いや、あなたが先だったので」
「いいえ、大丈夫です」
そうやって譲り合いをしているうちに、
「ちょっと、すんませんねぇ……」
と中年オヤジが割り込んで、最後の一本を手に取ってレジに行ってしまった。
直也はむっとして、その中年に文句を言おうとしたが、女が小声で、
「いいんです、もう……、スイマセン。せっかく譲って下さったのに」
女はそう言うと、くるっと踵を返し、店の外に出て行ってしまった。女はしばらく空を見上げていたが、意を決して雨空の下、駈け出して行った。
直也は慌てて追い掛けようとしたが、客が店に入って来ようとしたので、それを避けようと右に移動したら、相手も同じ方へ移動してきた。さらに左に避けると、相手も同じ方へ避けて、それに手間取って、なかなか外に出られなかった。外に出た時にはその女の後姿は遠くだった。だが直也はそれを見ているだけで、追い掛けたりはしなかった。そしてまた店内に引っ込んだ。
直也は女に会った時に小さな鈴の音を聞いたような気がしたが、こんな天気でその事はあまり気にも留めなかった。
*
直也が諦めて、店内に入るのを確認すると、風音は傘立てに差した自分の傘を取り、女が走って行った方へ小走りに追い掛けた。
先日猫たちに探させた相手を追っていたら、思ったよりも早く、当人同士は接触した。これなら意外と早くご縁を結べるかも知れない。
雨は激しい。晴れていれば白い蝶に追跡をお願いするところだが、この天気ではお使いは頼めない。風音は雨の中を走った。シュウセイが可愛いと言ってくれたお気に入りの靴は雨水を吸って、ずくずくになった。残念だったけど、そんな事を気にしてはいられない。追いつかなければと、必死でその後を追った。そして女に追いつき、
「この傘どうぞ」
そう言って、女に傘を押しつけると、走り去った。
「あ、待って」
激しい雨の中に風音の姿は消えていった。女は風音の行った方を見て、アリガトウとつぶやいた。
女の耳に小さな鈴の音が聞こえたような気がした。
*
雨はようやく小降りになった。
風音は夢中で雨の中を走って、シャッター街と化した通りの寂れた店先で雨宿りをした。
「ここドコ?」
迷子になった。思案に暮れていると、バッグの中の携帯に気付き、シュウセイに連絡しようと思った。だが電源は入らなかった。バッテリーが切れてしまっていたのだった。仕方がない、笛で龍を呼ぶしかない。そう思って、バッグから笛を取り出すと、後方から飼い主の手を離れた犬が走ってきて、風音の笛に食らいついて、奪って走り去ってしまった。後から傘を差したおばさんが追い掛ける。
「メリーちゃん、待ってよ、メリーちゃん」
おばさんはハアハア言いながら、風音の前を通り過ぎて行った。風音は途方に暮れた。羽衣はシュウセイが預かっている。
風音はシュウセイの部屋に帰る術がなくなった。
七夕だが、天気はあいにく雨である。天気予報は当たったが、傘を忘れた。仕方がないので、通りの向こうのコンビニでビニル傘を買う事にした。
直也は雨の通りへ飛び出して行った。ほんの通り一本の距離で雨は急に激しくなった。通りを渡り切り、コンビニに入る頃には予想以上に濡れていた。自動ドアが開き、店内に入る。すぐ入口にビニル傘はあったが、急な雨で傘は残り一本だけになっていた。すかさずそれに直也が手を伸ばすと、その前に傘を掴んだ者がいた。ずぶ濡れの直也はむっとして、相手を睨みつけた。睨まれた方は思わず、手を引っ込めた。相手は若い女で直也よりもずっと濡れていた。一瞬にして直也は引いた。
「あ、どうぞ」
女は、いいです、いいですと手を激しく振って、譲った。
「いや、あなたが先だったので」
「いいえ、大丈夫です」
そうやって譲り合いをしているうちに、
「ちょっと、すんませんねぇ……」
と中年オヤジが割り込んで、最後の一本を手に取ってレジに行ってしまった。
直也はむっとして、その中年に文句を言おうとしたが、女が小声で、
「いいんです、もう……、スイマセン。せっかく譲って下さったのに」
女はそう言うと、くるっと踵を返し、店の外に出て行ってしまった。女はしばらく空を見上げていたが、意を決して雨空の下、駈け出して行った。
直也は慌てて追い掛けようとしたが、客が店に入って来ようとしたので、それを避けようと右に移動したら、相手も同じ方へ移動してきた。さらに左に避けると、相手も同じ方へ避けて、それに手間取って、なかなか外に出られなかった。外に出た時にはその女の後姿は遠くだった。だが直也はそれを見ているだけで、追い掛けたりはしなかった。そしてまた店内に引っ込んだ。
直也は女に会った時に小さな鈴の音を聞いたような気がしたが、こんな天気でその事はあまり気にも留めなかった。
*
直也が諦めて、店内に入るのを確認すると、風音は傘立てに差した自分の傘を取り、女が走って行った方へ小走りに追い掛けた。
先日猫たちに探させた相手を追っていたら、思ったよりも早く、当人同士は接触した。これなら意外と早くご縁を結べるかも知れない。
雨は激しい。晴れていれば白い蝶に追跡をお願いするところだが、この天気ではお使いは頼めない。風音は雨の中を走った。シュウセイが可愛いと言ってくれたお気に入りの靴は雨水を吸って、ずくずくになった。残念だったけど、そんな事を気にしてはいられない。追いつかなければと、必死でその後を追った。そして女に追いつき、
「この傘どうぞ」
そう言って、女に傘を押しつけると、走り去った。
「あ、待って」
激しい雨の中に風音の姿は消えていった。女は風音の行った方を見て、アリガトウとつぶやいた。
女の耳に小さな鈴の音が聞こえたような気がした。
*
雨はようやく小降りになった。
風音は夢中で雨の中を走って、シャッター街と化した通りの寂れた店先で雨宿りをした。
「ここドコ?」
迷子になった。思案に暮れていると、バッグの中の携帯に気付き、シュウセイに連絡しようと思った。だが電源は入らなかった。バッテリーが切れてしまっていたのだった。仕方がない、笛で龍を呼ぶしかない。そう思って、バッグから笛を取り出すと、後方から飼い主の手を離れた犬が走ってきて、風音の笛に食らいついて、奪って走り去ってしまった。後から傘を差したおばさんが追い掛ける。
「メリーちゃん、待ってよ、メリーちゃん」
おばさんはハアハア言いながら、風音の前を通り過ぎて行った。風音は途方に暮れた。羽衣はシュウセイが預かっている。
風音はシュウセイの部屋に帰る術がなくなった。
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- テーマ:ショート・ストーリー
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