漆黒の夜空から2 (21)
- 2015/02/28
- 23:00
昨日は遅くまで飲んでいたので、今日ぐらいは家で大人しく過ごそうと思った。 ふと右手を見る。その手は栞が転びそうになった時、彼女の腕を掴んだ。その腕は細く白い腕であった。ぎゅっと握ってみる。滲み出るようにあの日の事が思い浮かんだ。帰り際に予備に持っていた名刺を渡したが、彼女はきっと連絡してこないだろうと思う。こっちから連絡先を聞いておけば良かったのかもしれないが、あの態度ではそれも言い出しにくいも...
漆黒の夜空から2 (20)
- 2015/02/21
- 23:00
食事は無言のまま終わった。直也は伝票を掴み、支払いをした。栞は半分出すと言ったが、それは断った。外に出ると夏の眩い日差しの下、清楚なワンピースにまるで子供の食べこぼしのような跡が残っている。直也は財布を見た。さっきの支払いで千円札を使ってしまったので、五千円札と一万円札しかなかった。そのうちの五千円札を抜き取り、 「今日、ごめんね。これでクリーニング代、足りるかな」 栞の前に五千円札を差し出した...
漆黒の夜空から2 (19)
- 2015/02/19
- 23:00
栞はじっとまっすぐ直也の目を見ている。何を考えているのか分からないが、単に会話の対象者である直也を見ているだけだろう。 「僕はこの近所に住んでいるんだけど、本多さんはどこに住んでいるの?」 「春日町の方です」 「ああ、駅の裏の方か。今でもあるかな、居酒屋ぽんたって店。ちょうど駅の近くにあるんだけど」 栞はちょっと考えて、 「ああ、ありますね。行ったことはないですが」 「ああ、まだあるんだ。昔学生...
漆黒の夜空から2 (18)
- 2015/02/17
- 23:00
直也と栞は並んで中華料理店へ向かった。それは神社から歩いて五分ぐらいの所にある。黙ってしまっては気詰まりなので、直也が取り敢えず互いの名前を聞こうと思って、問いかけた「あの」と言う声は、栞の短い「きゃっ」という悲鳴にかき消された。栞のミュールがアスファルトの小さな裂け目に取られ、バランスを崩したので、直也はすかさず腕を掴んだ。栞は体勢を立て直し、「すみません」と申し訳なさそうに言った。直也は話し...
漆黒の夜空から2 (17)
- 2015/02/15
- 23:00
風音は首に提げてあった直也と栞の霊を宿した鈴が共鳴していることに気付いた。栞は今本殿の方へお参りしているが、おそらく直也もこの近辺にいるのだろう。どこだろう、周りを見回すが分からない。栞はお参りが終われば帰ってしまう。何とか直也が近くに居るなら、近づけたい。そしてとっととこのご縁を結んでしまわなければならない。鈴の共鳴はまだ小さい。当人同士がまだそのご縁に気付いていないのだ。風音は首から鈴を外し...
Happy Valentine's Day
- 2015/02/14
- 23:00
月が綺麗ですね、と言うから僕は漱石では無いと返す。ホントはあんたのコト好きじゃ無いんだから、と言うから、そういう分かりにくい日本語はよしてくれと返す。じゃ、好きです。他の子に取られるぐらいなら、貴方を殺す、というので、重くて疲れますが、本音なら聞きましょうとチョコは受け取った。(139文字)//ま、バレンタインなので、140文字で紡ぐ恋をね。個人的にそこそこ長く生きているので、バレンタインという行事は...
Pedicure
- 2015/02/13
- 23:22
ぞんざいにチェーンピアスを引き抜くと血が付いていた。どうやら皮膚が切れたらしい。そっと指で耳朶に触れる。見ると指先に少量の血が付いた。それをそっと舌で嘗め取った。どうせならすっと糸を引くほど赤い血が滴り、それが足の爪に赤いペディキュアの如く落ちればいいのに。ショーツ一枚でスツールに座る女王様の思うこと。空気中の不浄なものは体の穴という穴から入り込み、体内を循環する。それが傷ついたピアスホールから出...
漆黒の夜空から2 (16)
- 2015/02/12
- 23:00
栞は玄関収納の把手に引っ掛けてあるビニル傘に目をやった。 確か雨降りの七夕に傘を持たなかった栞がコンビニで買い求めようとして、生憎買い損ねたことがあった。その時、仕方なく雨の中を駆けていると、後から追い掛けてきた見知らぬ若い女が傘を貸してくれたことを思い出す。あれから二週間ほど経つがこの傘はそのまま栞の手元にある。傘の柄には「田上神社」とラベルが貼られてあり、おそらく神社の物と思われた。傘をくれ...
漆黒の夜空から2 (15)
- 2015/02/07
- 23:00
風音は先に出ていた。俺もぼちぼち出掛ける準備をしようと腰を上げると、インターホンが鳴った。出てみると宅配便だった。何だろう、実家からの荷物かもしれない。時々お袋が親戚からもらった野菜や檀家からの頂き物などを送ってくれることがあった。ドアを開けると宅配便の兄ちゃんが立っていた。 「こちらの住所でお間違いないでしょうか」 と差し出された荷物は予想外に小さかった。宛先は俺の名前が記されており、送り主を...
漆黒の夜空から2 (14)
- 2015/02/06
- 23:00
七月下旬。ようやく梅雨明け宣言を聞く。 打って変わって、梅雨なんて初めからなかったのではないかと思うほど、ギラギラした日差しが照り付ける。アスファルトを焦がし、地上にいる人類を焼き尽くすほどの暑苦しい季節が始まった。 直也が仕事から帰宅すると、寿の切手が貼られた封書が届いていた。表は達筆な筆書きで、裏を返せば見慣れた名前が書かれている。 直也にはそれが開封しなくても、何の事か分かっていた。三島辰...
漆黒の夜空から2 (13)
- 2015/02/03
- 23:00
夕方バイトに行く。バックヤードに顔を出すと、先に後輩の田沼が来ていた。 「おお、先輩、お疲れっス」 「あ、お疲れ」 田沼は俺の顔をじっと見て、 「先輩、彼女と喧嘩したでしょ」 とまるで見ていたかのように言いやがる。正しくもないが間違ってもいない。喧嘩ではなく、俺が勝手に空回りして、勝手にすっ転んで、挙句の果てに風音が出て行っただけだ。 俺がぶすっとして黙っていると、 「あは、やっぱ図星っスね」 ...
漆黒の夜空から2 (12)
- 2015/02/02
- 23:00
どこかでカチリと何かが開く音がした。 外は白々と明けはじめ、カーテンの隙間から朝日が差し込み始めている。昨日風音の帰りを待っているうちにそのまま寝てしまった。座布団を並べて横になっていたが、やはりフローリングの上で寝るには薄すぎて、体の節々が痛かった。 うっすら視界に人の足が見え、そっとそっと部屋に忍び込む足が見え、そのまま視線を上げると風音が入って来るところだった。そしてその足は何かにつまづき...
漆黒の夜空から2 (11)
- 2015/02/01
- 23:00
途方に暮れた風音は通りを歩いている野良猫に声を掛けた。 「どこかに外で飼われている犬がいるところない?」 猫は怪訝そうに風音を見つめたが、 「その角を曲がって二軒目の家の庭に白い大きな犬を外で飼っている」 「アリガトウ」 端から見ると、猫はただにゃあにゃあ鳴いているだけにしか見えない。風音は猫に教えられた通り、白い犬がいる家に行ってみた。 行ってみると、大きな庭のある家で外から覗くと犬小屋が見え...